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はじめに:なぜ今「モラトリアム」が注目されるのか
近年、「大人になれない若者」「自分探しに迷う人」といった言葉がメディアで取り上げられることが増えました。こうした現象の背景にあるのが、心理学でいう「モラトリアム」という概念です。
モラトリアムとは、人生の一時停止ではなく、むしろ自分自身を見つめ、社会に出る準備をする重要な発達段階なのです。
本記事では、モラトリアムの意味や歴史、理論背景、そして現代社会におけるその意義と課題について、心理学的視点から解説します。
1. モラトリアムとは何か?
1-1. 言葉の意味
「モラトリアム(moratorium)」という言葉は、もともとは法律用語で「支払い猶予期間」を意味します。これを心理学に応用したのが、発達心理学者エリク・エリクソンです。
彼は、青年期における心理的発達の中で、社会的責任を一時的に猶予される期間を「心理的モラトリアム」と名付けました。
1-2. エリクソンの発達理論と青年期の課題
エリクソンによれば、人の一生は8つの心理社会的段階を通して発達していきます。青年期(12〜18歳前後)は、「アイデンティティ vs. アイデンティティ拡散」という課題を乗り越える時期です。
この時期には、「自分とは何か」「将来どう生きるか」といった根源的な問いに直面します。しかし、すぐに答えが出るものではありません。そこで一時的に社会的責任や人生の方向性を保留にし、内省や試行錯誤を行う――それがモラトリアムです。
1-3. エリクソンの8つの発達段階
詳しくは以下のブログをご覧ください。
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2. モラトリアムの4つの状態:ジェームズ・マーシャの理論
2-1. アイデンティティ・ステータス理論
エリクソンの理論をもとに、心理学者ジェームズ・マーシャは、青年期のアイデンティティの発達状態を次の4つに分類しました。
ステータス | 探索 | 決定 | 説明 |
---|---|---|---|
モラトリアム | あり | なし | 自己を模索中。まだ明確な決断に至っていないが、積極的に模索している状態。 |
アイデンティティ達成 | あり | あり | 模索の末に、自らの価値観や将来を自覚的に選び取った状態。 |
早期完了 | なし | あり | 周囲の期待や親の価値観をそのまま受け入れているが、自らの模索はない。 |
拡散 | なし | なし | 自分に関心が薄く、方向性もない状態。模索や決定を避けている。 |
モラトリアムは、迷いや不安と向き合いながら、主体的に自分を探しているプロセスであり、心理的には非常に健全な段階とされています。
3. モラトリアム人間とは何か?
3-1. 「モラトリアム人間」という批判的ラベル
一方で、日本の社会評論や自己啓発書などでは、「モラトリアム人間」という言葉が使われることがあります。これは、「大人になりきれない人」「責任を取らず、社会参加を避ける人」といった否定的な意味合いを含みます。
3-2. 本来の意味とのズレ
しかし、心理学的に見ればモラトリアムは前向きな成長過程です。むしろ、十分なモラトリアム期間を経ずに社会に出た人の方が、後にアイデンティティの不安や燃え尽き症候群に陥る可能性が高いのです。
モラトリアムは「逃避」ではなく、「探索」の時間なのです。
4. 現代社会におけるモラトリアムの意義と課題
4-1. モラトリアムの長期化
近年、大学卒業後も就職せずにフリーターやニートとして過ごす若者が増え、「モラトリアムの長期化」が問題視されています。進学・就職・結婚といったライフイベントの多様化や、社会の変化のスピードが早すぎることが背景にあります。
このような社会では、「人生の正解がわからない」「どの道を選んでも後悔しそう」という不安が、若者の決断を遅らせる要因となっているのです。
4-2. モラトリアムを支える環境の必要性
現代の若者が安心してモラトリアムを過ごすためには、以下のような環境が求められます:
- 失敗を許容する文化
- 模索の自由を保障する教育制度
- 心理的安全性の高い対人関係
これらが整備されていれば、若者は自己探索を通して、より確かなアイデンティティを形成し、社会に貢献する準備ができるのです。
5. モラトリアムをどう生かすか?
5-1. 自己理解と内省
モラトリアム期間は、単なる「空白」ではありません。自分の価値観や得意なこと、大切にしたい人間関係などを見つめ直す貴重な時間です。自己理解を深めることで、次のステップへの準備が整います。
おすすめの方法:
- 日記をつける(ペネベーカーの表現的筆記)
- コーチングやカウンセリングを受ける
- ボランティアやインターンに挑戦する
5-2. 行動を通じた探索
内省だけでなく、「実際に動いてみること」も大切です。アルバイト、海外留学、旅、習い事など、行動による試行錯誤を通じて、自分の適性や関心を実感できます。
6. モラトリアム後の世界:アイデンティティの確立と社会参加
モラトリアムの終わりは、「決断」や「責任」の始まりを意味します。進学、就職、結婚、起業など、具体的な選択を通じて自己のアイデンティティが固まり、社会との接点が築かれていきます。
重要なのは、「完璧な決断」である必要はないということです。人生は常に変化し続けるプロセスであり、暫定的なアイデンティティから始めてもよいのです。
おわりに:モラトリアムは人生の投資である
モラトリアムは、一見すると立ち止まっているように見えるかもしれません。しかし、実際には人生における最大の内的投資とも言える時期です。
この期間をどう過ごすかによって、将来の自己決定力や幸福感、レジリエンスに大きな影響が出ます。
社会全体が、モラトリアムを「不安定な時期」と見るのではなく、「成長の準備期間」として捉え直すことが、これからの時代に必要ではないでしょうか。
【コラム】モラトリアムを経験しなかった人が抱える課題とは?
「早くに自立して立派に働いている人はすごい」という価値観が、いまだ根強く残る社会では、モラトリアムのような“猶予期間”を取らないことが美徳とされがちです。しかし心理学的には、モラトリアムの欠如が将来的に深刻な問題を引き起こすこともあります。
1. 他者の価値観に流されやすくなる
モラトリアムは、自分の価値観や進路を「探索する」期間です。これを経ずに進学・就職・結婚といった人生の選択をすると、多くの場合、親や社会の期待をそのまま受け入れてしまう「早期完了型アイデンティティ」に陥ります。
一見、順応的で問題がないように見えますが、内面では「本当にこれで良かったのか?」という疑念がくすぶり続けます。その結果、中年期や老年期になってから「やり直したい」という欲求や空虚感が噴き出すケースも少なくありません。
2. 燃え尽き症候群や中年の危機
若いうちから休まずに社会に適応し続けた人は、ある段階で「何のために働いているのか分からない」という心理状態に陥ることがあります。これは、自己の価値観やアイデンティティを確立せずに走り続けた結果、心の中に目的感が空洞化しているためです。
とくに、キャリアのピークを迎える40〜50代でこの「意味の空白」に直面すると、バーンアウト(燃え尽き症候群)や中年の危機(midlife crisis)につながることもあります。
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3. 他者に寛容になれない
モラトリアムの経験は、悩みや迷いと向き合う過程で「人間の不完全さ」への理解を深める機会でもあります。これを経験しなかった人は、「なぜ悩むのか分からない」「甘えているのでは?」と他者の苦しみに共感できず、結果として対人関係が硬直的になりやすいという特徴も見られます。
結論:猶予は「無駄」ではない
モラトリアムの欠如は、一見すると社会適応の早期達成のように思えますが、長期的には自己理解の浅さや心理的柔軟性の欠如というリスクを伴います。たとえ遅れてでも、自分自身を見つめる時間を持つことの重要性は、年齢を問わずすべての人に当てはまるのです。
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