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サルトルのアンガジュマンとは何か?
はじめに|「自由には責任が伴う」という思想
ジャン=ポール・サルトル(1905–1980)は、20世紀を代表する実存主義哲学者であり、同時に小説家・劇作家・評論家としても活躍した知識人です。彼の思想を一言で表すならば、それは「人間は自由である。しかしその自由には責任が伴う」というものでしょう。サルトルの哲学における中心概念の一つが「アンガジュマン(engagement)」です。
アンガジュマンとは、単に政治に関心を持つことではありません。それは「自らの行動が社会にどのような影響を与えるかを自覚し、積極的に関与していく姿勢」を意味します。本記事では、このアンガジュマンの哲学的背景と具体的実践、そしてアドラーの「共同体感覚」との共通点についても考察していきます。
アンガジュマンの定義と哲学的背景
「アンガジュマン」とは、フランス語で「関与」や「参加」を意味します。サルトルがこの言葉を用いるとき、単なる参加ではなく、「自らの選択と行動によって社会を形作る責任ある行動」を指します。
サルトルの代表的な命題「実存は本質に先立つ(L’existence précède l’essence)」に照らすと、人間は生まれたときには何者でもなく、行動と選択を通じて自己を形作っていく存在です。したがって、人は自らの行為によって自分だけでなく、人類全体の在り方を示すことになります。
この考えは、サルトルの著書『実存主義はヒューマニズムである』(1946)において明確に打ち出されており、次のような主張がなされています:
「自分が選択するということは、同時に人類全体に対して『人間とはこうあるべきだ』という選択をしているということである。」
このように、個人の選択には必然的に他者への影響が含まれており、そこに倫理的責任が生じます。
サルトルの実践──アンガジュマンの具体例
サルトルは哲学者としてだけでなく、積極的な行動者でもありました。彼のアンガジュマンは理論にとどまらず、次のような形で実践されました。
1. 抵抗運動と戦争責任
第二次世界大戦中、ナチス・ドイツによる占領下のフランスでサルトルはレジスタンス運動に加わり、地下雑誌を通じて自由の重要性を訴えました。戦後もフランス政府の行動に対する批判を続け、戦争責任を哲学的視点から問い直しました。
2. 植民地主義への批判
サルトルはアルジェリア戦争(1954–1962)においてフランス政府の植民地政策を強く批判しました。彼は「植民地の抑圧に加担することは、人間の自由を否定することだ」と述べ、フランス国内で大きな論争を巻き起こしました。
3. マルクス主義との関係
サルトルはマルクス主義に対して共感を示しながらも、ソ連型社会主義の抑圧には批判的でした。彼は人間の自由と創造性を重んじる立場から、唯物論的な決定論とは距離を置いていました。このように、理論と現実のバランスを取りながら社会的関与を続けたのです。
4. 知識人としての行動
サルトルは雑誌『レ・タン・モデルヌ(現代思想)』を創刊し、哲学、文学、社会問題を幅広く論じました。彼は「沈黙することは加担することだ」と語り、常に発信し続けることを自らに課しました。
アンガジュマンとアドラーの共同体感覚
興味深いのは、サルトルのアンガジュマンが、心理学者アルフレッド・アドラーの「共同体感覚(Gemeinschaftsgefühl)」と哲学的に通じるものを持っている点です。以下、両者を比較してみましょう。
視点 | サルトル(アンガジュマン) | アドラー(共同体感覚) |
---|---|---|
人間観 | 自由で責任を持つ存在 | 社会的つながりを求める存在 |
行動の基盤 | 倫理的責任 | 貢献と所属 |
他者との関係 | 他者の自由も考慮して行動 | 他者への貢献を通じた幸福 |
社会参加の意味 | 歴史や政治への積極的関与 | 自分の役割を果たすことによる安心感 |
アドラーによれば、人が精神的に健康であるためには、「自分が共同体の一部であり、そこに貢献している」という感覚が必要です。これはサルトルの言う「自らの行動が人類全体に影響を与える」という考えと根底で響き合っている言えるかもしれません。
また、どちらも「個人主義の限界」を認識しており、自己実現は他者との関係性を抜きにしては成立しないと考えています。サルトルが「地獄とは他人だ」と言ったのは有名ですが、これは他者が煩わしい存在という意味ではなく、他者の視線を通じて自分が規定されるという事実を指しており、むしろ他者との関係の不可避性を示しています。
現代におけるアンガジュマンの意義
現代社会では、情報過多やSNSによる感情的反応が日常化し、深い思考や倫理的責任が軽視される傾向にあります。こうした時代において、サルトルのアンガジュマンは以下のような問いを私たちに投げかけます。
- あなたの選択は、他者や社会にどのような影響を与えているか?
- 沈黙することで、加担しているものはないか?
- 「自由に生きる」とは、何に対して責任を持つことなのか?
これらは、日常的な買い物の選択から、選挙や教育、ジェンダー、環境問題に至るまで、あらゆる場面での「選択と責任」を問い直す視点となります。
結論|「生きるとは関わること」
サルトルのアンガジュマンは、単なる政治的スローガンではありません。それは、「自分の存在が社会の中でどう意味づけられるか」という問いに対する哲学的・倫理的な答えでもあります。
アドラーの共同体感覚が示すように、人間は他者とのつながりの中でしか真の幸福を得ることはできません。そしてサルトルは、つながりには責任が伴うことを示しました。
自由とは孤立ではなく、関与すること。
沈黙ではなく、語ること。
逃避ではなく、行動すること。
私たち一人ひとりが、この「アンガジュマン」の精神を持つことができたなら、より成熟した社会への一歩を踏み出せるかもしれません。
コラム①:地獄とは他人だ(L’enfer, c’est les autres)
「地獄とは他人だ(L’enfer, c’est les autres)」というのは、ジャン=ポール・サルトルの代表的な戯曲『出口なし(Huis Clos, 1944年初演)』の中で登場人物が語る有名なセリフです。実際にサルトルの言葉であり、非常に誤解されやすい表現でもあります。
意味と誤解について
誤解されがちな解釈:
- 「他人がうざいから、地獄だ」
- 「一人の方が楽でいい」という孤立主義的な意味
こうした解釈は誤りです。
サルトルの本意:
サルトルはこの言葉で、他者の視線(regard)によって自分が対象化され、固定されてしまうという実存の不自由さを表現しています。
人間は他者の視線の中で「自分がどう見られているか」を意識し、その視線によって自我が規定されるようになる。
つまり、「私は私でありたい」のに、「他人の目に映る私」に縛られる——この実存的不安と葛藤が「地獄」と表現されたのです。
この考えは、彼の哲学書『存在と無』(L’être et le néant, 1943)でも展開されており、他者の存在は必ずしも安心や救いではなく、自我にとって不安定化の契機であるというのがサルトルの実存主義の重要な要素です。
コラム②:「悪しき信仰」
「悪しき信仰」の哲学的定義(サルトル)
『存在と無(L’être et le néant)』でサルトルは、「悪しき信仰」とは次のような自己欺瞞だと説明しています:
「自分は本質を持たず、自由である」という実存主義の立場を受け入れず、
「自分には本質があり、それに従うだけでよい」として自由から逃げる態度。
つまり、「人は自由である」という前提を怖れて、自分は状況に縛られているとか、運命や神の意志に従っているなどと考えることで、自らの選択の責任から逃れる――その姿勢こそが「悪しき信仰」です。
信仰との関係
ここでいう「信仰」は、宗教的信仰だけに限らず、
- 「私は〇〇だから仕方がない」(例:貧乏だから/サラリーマンだから/日本人だから)
- 「上司の命令だからやった」
- 「親や教師が言ったからそうした」
- 「神がそう命じたのだから」
といった形で、「自分ではない何か」に自分の選択を委ねること全般を含みます。
サルトルにとって、それは真の自由からの逃避行動であり、自分を欺いて「私は選択していない」と思い込む――つまり、「自由という重荷からの逃走」です。
まとめ
信仰によって選択を他者に委ねるというのは、まさに「悪しき信仰」による自己欺瞞です。
サルトルは、真に生きるとは、「自分の自由を認め、その選択の責任を引き受けること」だと説いています。
誰かや何かに従うふりをして、自分の選択の重みから逃れるのは、自由の放棄であり、自分を偽る行為です。
この観点は、現代の職業選択・ライフスタイル・人間関係などにも深く関わる実存的テーマとも言えるでしょう。
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